或る完戒上堂について - つらつら日暮らし

日本の近世の禅戒復古について検討する場合、やはり月舟宗胡禅師と大乗寺の明峰派の流れを見ていく必要がある。今回は、月舟禅師の弟子である徳翁良高禅師の法嗣・黙子素淵禅師(1675〜1748)の語録を見ておきたい。

 中秋完戒上堂。

 暑雲纔かに散じ、碧葦雪を含む。

 寒雁初めて度り、白蘋秋を帯ぶ。

 公案現成、一色に堕せず。

 有時口に樹を含むが如し、

 有時猴の鎖を著けるが如し。

 釈迦老漢二千年前の滞貨、底に尽く一時に分付し了んぬ。

 也た摂して信得及び去麼、信得信不得。

 今夜一輪満ち、清光何れの処に無からんや。

    『黙子和尚語録』、『曹洞宗全書』「語録四」巻・137頁上下段

中秋であるから、当時の8月15日に当たる。参考までに、黙子禅師には「年譜」が『曹洞宗全書』「史伝(下)」巻に収録されているので、年代のみ明らかにしておきたい。なお、語録の順番からすると、元文5年(1740)以降であるが、「年譜」の記述からはよく分からなかった。当時は一般的に、七日間の授戒会であり、その最終日に完戒上堂だと思うのだが、黙子禅師が8月に行った授戒会の様子について、記録をしていないのである。

ほぼ毎年のように授戒会の戒師として衆生接化を行った黙子禅師であるから、その何れかに該当するものとは思うのだが、分からない。

それで、上記内容だが、中秋とは満月であるから、その様子と完戒とを重ね合わせているのである。満月とは欠けたること無き仏の道理を示す。一方で菩薩戒の授与は、衆生の側に限りを持たせない。それが、「釈迦老漢二千年前の滞貨、底に尽く一時に分付し了んぬ」であって、これは釈尊摩訶迦葉に示した正法眼蔵そのものを指す。

後必要なのは、衆生の側の信・不信の違いであって、もちろん黙子禅師は信ずるように促しているのである。儀式としての戒会が終わり、後のケアというか、心がけを示したものであるといえよう。

この記事を評価して下さった方は、にほんブログ村 仏教を1日1回押していただければ幸いです(反応が無い方は[Ctrl]キーを押しながら再度押していただければ幸いです)。

これまでの読み切りモノ〈曹洞宗11〉は【ブログ内リンク】からどうぞ。